弊所は保険代理店を併設しておりますので、損害賠償の観点で「民法」がよく絡んできます。特によく見るのが415条(債務不履行による損害賠償)、709条(不法行為による損害賠償)、そして715条(使用者等の責任について)です。今回はハラスメント関係でよく議題に上がる使用者責任について見ていきたいと思います。参考記事:知ってるようで知らない法律③民法もご覧いただけると幸いです。
🔴私法と公法
私法
コンビニエンスストアーでおにぎりを買う、学校に行くためにバスに乗る、インターネットオークションに参加する、これらの経済活動は全て「契約」に基づいています。普段意識してはいませんが、私たちの生活は、契約に囲まれていると言っても過言ではありません。このような私たちの経済活動など「個人と個人の関係」を規律する法律を、「私法」と呼んでいます。私法は、私たちの日々の生活に密接に関わります。
例)民法・商法・会社法・知的財産法など
出所:法務省「私法と消費者保護」
公法
窃盗事件が発生したら、警察が動き、被疑者である市民が逮捕されたりします。検察官が起訴すると、裁判所で公判が開かれ判決がでます。こうした場面で機能しているのは、刑法や刑事訴訟法などの「公法」分野の法律です。公法とは、「国家機関と市民との間での公権力の行使」に関するものになります。
例)憲法・刑法・民事訴訟法・行政事件訴訟法など
出所:かんたんビジュアル法律用語「私法と公法」
🔴一般法と特別法
特別法優先の原則
一般法と特別法とで法がある事柄に関して「異なった規律」を定めている場合には、その事柄に関しては一般法の適用が排除され、特別法が「優先して適用」されるという原則
※民法(一般法):商法(特別法)だが、商法(一般法):会社法(特別法)にもなり得る
出所:第二東京弁護士会「法令間の効力関係」
🔴民法715条(使用者等の責任)
ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、使用者が被用者の選任及びその事業の監督について相当の注意をしたとき、又は相当の注意をしても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。
2 使用者に代わって事業を監督する者も、前項の責任を負う。
3 前二項の規定は、使用者又は監督者から被用者に対する求償権の行使を妨げない。
出所:e-Gov法令検索「民法」
🔴会社が損害を負担しないといけない理由
➀報償責任
報償責任とは、「利益を得る者が損失も負担する」という考え方です。会社は、従業員を雇って、従業員を活動させることにより利益を得ています。従業員の活動によって利益を得ているのだから、その活動によって損害が生じた場合は、その損害も負担すべきというのが報償責任の考え方です。
➁危険責任
危険責任とは、「危険を支配する者が責任も負う」という考え方です。会社は、自らの事業のために従業員を活動させることによって、社会に対して危険を及ぼす機会を増大させているので、会社が危険を生み出す者、危険を支配する者として、賠償責任を負うべきというのが危険責任の考え方です。
※使用者が被用者の選任及びその事業の監督について相当の注意をしたとき、又は相当の注意をしても損害が生ずべきであったときには責任を免れるとありますが、判例では責任を免れないケースが数多くありますので実質的に使用者責任は「無過失責任」とも言えます。
出所:咲くやこの花法律事務所「使用者責任とは?基本要件(民法第715条)や事例や判例などをわかりやすく解説」
🔴ハラスメント等で使用者責任が問われた判例・裁判例
事案➀ パワハラによる使用者責任 (平成24(ワ)402 福井地方裁判所)
A(被害者)が自殺したのは,被告B(リーダー・上司)及び被告C(部長・上司)のパワーハラスメント,被告会社(資本金1,000万円・消防設備等の設計施工保守点検業)による加重な心理的負担を強いる業務体制等によるものであるとして,原告(被害者の父)が被告らに対し,被告B及び被告Cに対しては不法行為責任,被告会社に対して主位的には不法行為責任,予備的には債務不履行責任に基づき,損害金1億1121万8429円及びこれに対するAが死亡した日である平成22年12月6日から支払済みまでの民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案
逸失利益 4,727万3,162円(遺族補償金366万605円を受領済み)
慰謝料 2,300万円
弁護士費用 600万円
賠償額 7,261万2,557円+年5分の割合による遅延損害金
出所:裁判所「判決文」
事案② パワハラによる使用者責任(メイコウアドヴァンス事件)(平成26年1月15日 名古屋地方裁判所)
金属ほうろう加工業を営む会社(被告)の従業員(死亡当時52歳 男性)が、会社役員2名から日常的な暴行やパワーハラスメント、退職勧奨等を受けたことが原因で自殺したとして、当該従業員の遺族である妻子が会社及び会社役員2名に対し、不法行為に基づく損害賠償請求(民法709条、715条、会社法350条)訴訟を提起した事案。
被告会社及び会社役員1名に対し、約5,400万円の賠償命令
出所:あかるい職場応援団「メイコウアドヴァンス事件」
事案➂ パワハラによる使用者責任(電通事件)(平成10(オ)217 最高裁判所第二小法廷)
大手広告代理店に勤務する労働者甲が長時間にわたり残業を行う状態を一年余り継続した後にうつ病にり患し自殺した場合において、甲は、業務を所定の期限までに完了させるべきものとする一般的、包括的な指揮又は命令の下にその遂行に当たっていたため、継続的に長時間にわたる残業を行わざるを得ない状態になっていたものであって、甲の上司は、甲が業務遂行のために徹夜までする状態にあることを認識し、その健康状態が悪化していることに気付いていながら、甲に対して業務を所定の期限内に遂行すべきことを前提に時間の配分につき指導を行ったのみで、その業務の量等を適切に調整するための措置を採らず、その結果、甲は、心身共に疲労困ぱいした状態となり、それが誘因となってうつ病にり患し、うつ状態が深まって衝動的、突発的に自殺するに至ったなど判示の事情の下においては、「使用者は、民法七一五条」に基づき、甲の死亡による損害を賠償する責任を負う。
賠償額(和解金) 約1億6,800万円
出所:裁判所「裁判例結果詳細」
事案④ 安全配慮義務違反についての使用者責任(康正産業事件)(平成19(ワ)335 鹿児島地方裁判所)
飲食店経営会社Yの元従業員Xが、就寝中に心室細動を発症し低酸素脳症による完全麻痺となったのはY(会社)が安全配慮義務に違反して長時間労働を強いたためであるとして、Xと両親が不法行為ないし債務不履行に基づく損害賠償を求めるとともに、Xが労働契約に基づく未払の時間外割増賃金と付加金の支払を求めた事案。
まず本件発症の原因について、月100時間を優に超える長時間労働に従事していたこと、精神的にも過重な負荷がかかっていたこと、Xには他に本件発症の原因となり得る基礎疾患等も認められないことなどを総合考慮すると、本件発症は過重な業務に内在する危険が現実化したものと推認するのが相当であり、業務と本件発症との間には相当因果関係が認められるとした。次に会社の安全配慮義務違反について、過酷な労働環境を知りながら漫然と放置したことは債務不履行のみならず不法行為にも該当するものであって、遅くともXらから人員の補充要請があった時点でYがこれに応えていれば、Xの負担は相当程度軽減されたはずであり、本件発症を回避し得る蓋然性が高かったといえるからYには安全配慮義務違反があり、本件発症との間に因果関係があるとして、損害賠償を命じ(本人の健康管理不備により2割の過失相殺)、また未払賃金の支払を命じた(付加金は否認)。
賠償額 1億8,586万1,414円
弁護士費用 1,600万円
出所:全国労働基準関係団体連合会「労働基準判例検索」
今回は民法715条の使用者責任について見てきました。社労士の役割としては「予防」が中心となり、併設する保険代理店では「補償」が中心となります。ハラスメント研修は各企業たくさん行われていると思いますが、使用者責任についてはそこまで触れられていない気がします。また重大な事案が起こってしまった場合を想定してのクライシスマネジメントにも目を向ける必要があります。まずは出来る範囲で、リスクの洗い出しと評価から始めることをお勧めいたします。